21. 狂言と能との違いと類似点

 

「能」も「狂言」も同じ「能舞台」で演じられ日本を代表する古典芸能で、同じ頃に誕生した兄弟のような間柄なのに違いばかりが目につきます。


まず、貴族が好んだ歌舞劇で史実に基づく物語が「能」で、武家が好んだ会話劇で、荒唐無稽な空想話が「狂言」とされています。
また、能面には端整な整った顔の人の顔が多いのに比べ、狂言面には神仏の面は別にして、醜くい女や歪んだ顔や、髭面で目が飛び出した人の顔とは言いにくい面などがあります。
能役者は面が必需品であるのに対して、狂言役者は人の顔でない場合にのみ面を使用します。
ただ、似ている事といえば、能も狂言も能舞台で演じられその役者が、自分の回りに景色を引連れて、舞台を移動していることで、その景色を見せる事が出来れば一人前の役者であり、それを見ることが出来れば観客として一人前と言えるでしょう。

狂言方は勿論 シテ方もワキ方も囃子方も装束の紋はこれですよ

各家伝承の家紋のほかに、能や狂言の装束には、雪輪にタンポポ(薺)の花がデザインされた紋(雪持ち薺紋)を定紋として使います。
これは昔々大名や殿様のお伴をして「狩」に出かけた能楽師が、所望された一芸を披露する際、「裃」では自分の家柄が明らかになることを嫌い、足元にあったタンポポの花を胸に刺して芸を披露したとのこと。爾来、この「雪持ち薺紋」を能楽の「きまり紋」としたそうです。